ペイントで変わりはじめる、私の暮らし

ドラマ「校閲ガール」監修 鷗来堂 柳下さんならこう使う!コラム

ドラマ「校閲ガール」監修 鷗来堂 柳下さんならこう使う!コラム

【1.ブックシェルフに塗った感想】

とても、楽しかったです!
本箱にマスキングテープを貼って、ペイントの缶をあければ、そのまま直接、刷毛を缶に入れてペタペタ塗れるので、
思ったよりもずっと手軽でした。驚きました。
DIY(自分でできることはやろう)というのは、美大出身のひとでもない限り(そして、僕は美大なんてクールな場所には行ったことがないよ)、普段あまり馴染みがないと思いますが、場所も取らないし、始めたらとても夢中になるもの。
まるで、お酒を飲んだ夜のお風呂みたいです。お風呂って、泥のように飲んだ夜は、入るのがめんどくさいなって思うこともあるけれど、
入れば幸せな気分になるんだよなあ。同じようにペイントも、塗りはじめれば、忘我の域に遊ぶことができます。
そう、ペイントを塗っている間って無心になりますね。
シャツにアイロンをかけるように、いんげんのさやを剥くように、冷凍庫の霜取りみたいに、気が付いたら夢中になって、塗りムラを何度も何度もなぞって、自分が塗ったペイントをきれいにしていました。たくさん塗りたい、もっと塗りたいって、不思議な中毒性。

たくさん塗りたくて、マスキングテープの貼り方を工夫して、いろいろなパターンで塗ってみました。
内側を塗ったり、少し小口をはみ出したり、ツートーンにしたり、半分だけ塗ったりして。
内側は乾きにくいのかな。外に塗ったら、すぐに乾いて二度塗りが楽しかった。
内側を塗るときは、午前中に塗って、外に出かけて、また帰ってきたときのお楽しみくらいの、のんびりした塗り方が楽しいかもしれないな。

今、僕の目の前の電球にペイントを塗りたくてしょうがないです。 マスキングテープをうまく使って、半分だけ塗ったらかわいいだろうな。

【2.色を選んだ理由】

キュリオシティ
「好奇心」っていう名前の色がどんな色なのか知りたかったからです。好奇心に負けてこの色を選びました。
この色を塗った本箱には、人文や科学の読み物を入れたいな。

ブレックファースト
マヨネーズの黄色が好き。それも、オーストラリアやヨーロッパの酸味が立つ感じのマヨネーズ。ハムとキュウリとマヨネーズのサンドイッチが好きだから、この色を選びました。背表紙の色が強くても弱くても、この色を塗った本箱には合うと思うんです。

バースディプレゼント
この色を塗った本箱に誕生日の為の本を詰めて、誰かに贈りたい。きっと、この本箱は部屋のどこかに置かれて、自分の誕生日のことを思い出してくれると思うから。案外、自分の誕生日って大事にできないですよね。大事にしたい。ハッピーバースデイ!

スカイスクレイパー
摩天楼という言葉が好きです。ニューヨークの底から空を見上げると、尖った高層ビルが空を削っているように見えます。だから、スクレイパーはまさに削るって感じ。それが日本語に訳されると磨くニュアンスになる。そういうところもおもしろい。ここには、空を見上げる気分の本を入れようと思います。そして、ニューヨークの本を。

ホットチリ
僕は辛いのが苦手で、痺れる感じも、痛い感じも、胃がゴロゴロしちゃう。「からい」って漢字と「つらい」っていう漢字が同じだということがそれを示唆していますよね。でも、食べちゃうんだよなあ。辛いのっておいしいもの。赤い背表紙の本を入れよう。真っ赤なかたまりってかわいいと思うんだ。

グラスホッパー
ペパーミントとカカオのリキュールを混ぜて、生クリームのコクもおいしいカクテル。それをグラスホッパーと言います。たまに飲むけど、おいしい。ウイスキーをタフに飲むのもかっこいいけど、甘いカクテルもおいしいよね。でもでも、僕がグラスホッパーと聞いて思い出すのは、伊坂幸太郎さんの小説でした。この色の本箱におもしろい小説をたくさん入れるぞ!

【3.本棚が部屋にある空間】

父母の住む家の壁には本棚があり、僕は本に囲まれて育ちました。
本にとっては、それが作られる時間よりも、それが売られるまでの時間よりも、それを読む時間よりも、
実は本棚に差さって読まれるのを待つ時間が一番長いのです。
つまり、僕らにとって、もっとも長い時間みることになる本とは、その背表紙だったりしますね。
背表紙が並ぶ本棚はとても情報量が多いです。色彩に溢れ、文字が踊り、多種のマテリアルが存在しています。

本棚というものは、本を入れるものです。当たり前ですけれど。
しかし、どんな本が入るのか、本棚が工場から出荷されるときには分からない。
文学全集か、何巻も続くコミックなのか、レーベルの揃った文庫本か、アラカルトに選ばれた小説なのか、レシピや写真集などの大判か、背表紙はそれぞれ雄弁に主張をして、深夜2時のクラブみたいに、それぞれうるさく騒いで、しかしグルーブを作っている。

僕ははじめて本棚を塗って、ひとつの色でまとめてみたけれど、それがとてもよかった。
情報量の多い背表紙のかたまりが、ひとつの差し色でスッキリとまとまる。
壁にきれいに色が走るというのは、とても気持ちがいいものだなって思ったのです。

Profile

柳下恭平

株式会社鷗来堂(おうらいどう)代表取締役社長。
1976年生まれ。世界を放浪したのち、28歳のときに校正・校閲を専門とする会社、鷗来堂を立ち上げる。
2014年に神楽坂に書店「かもめブックス」を開店。また2017年5月に本屋の企画・運営を行うエディトリアル・ジェットセット事業部を立ち上げ、袋とじの本だけを取り扱う「本と珈琲 梟書茶房」(池袋)やシアターとギャラリーを併設した「16の小さな専門書店」(千葉市)、『LOVE』をテーマにした本だけを扱う本屋「歌舞伎町ブックセンター」(新宿区)の選書など、本との出会いの場を創出している。